中川李枝子・大村百合子:作
福音館書店:発行
おすすめ年齢:3歳~
はじめに
この「そらいろのたね」は、本当に昔からある名作絵本です。
このレビューをお読みの親御さんも、こどもの頃に手に取った記憶があるんじゃないでしょうか。
初版のところを見ると、なんと1964年ですよ。
半世紀以上も前じゃないですか。
そしてこのイラスト、どこかで目にしたような…と思って作者のところを見てみると、大村百合子さんは、あの「ぐりとぐら」シリーズの作者でもあるんですね。
どうりで見たことあると思いました。
もちろん、「ぐりとぐら」についても、またどこかでご紹介したいですね。
「そらいろのたね」のストーリー
この絵本には、表紙にいる男児とキツネの他にも、たくさんの動物やこどもたちが登場します。
物語が始まるきっかけは、表紙の2人のやりとりです。
男児が持っている模型飛行機をキツネが欲しがり、キツネの宝物である「そらいろのたね」と交換することになります。
この男児はなんでしょうか。
キツネからの提案に対して、模型飛行機は自分の宝物だからあげないと伝えるのですが、キツネの宝物をちらつかされると、1ターンのやりとりで交換を快諾します。
そのへんの心境の変化については、描かれていません。
こども特有の心変わりですかね。
さて、男児がキツネから受け取った「そらいろのたね」を土に埋めて、芽が出てくるところから話が急展開します。
具体的には、「うちが さいた! うちが さいた!」という不穏なセリフとともに、地面から小さいハウス(一戸建て)が生えてくる描写からです。
そして、男児が健気に水やりを続けていると、そのハウスは大きく成長を続け、『まちじゅうの こども』のみならず、『もりじゅうの どうぶつ』でさえも、ハウスに住み着くこととなります。
このあたり、百獣の王であるライオンと、こどもたち、草食動物らが仲良く同居する描写があり、こども心に冷や冷やした記憶がありますが、私たちが予想するような酷い場面は、絵本の世界では起こりません。
ハウスはその後も成長を続け、とうとう巨大マンションくらいのサイズに到達します。
住んでいる人や動物もすでにたくさんいます。
そこに、冒頭のキツネが再び現れて、やっぱり模型飛行機を返すからハウスをよこしなさい、と喚きたてるわけですね。
ハウスを取り返したキツネは住人たちを追い出して、独居するとともに窓もすべて閉め切ってしまいます。
そして成長しきったハウスはついに太陽にまで達し…
というところでお話は終わりです。
人間の業と心
ところで、日本における昔ばなしや絵本では、キツネは悪者、狡猾な者として描かれることが多いように思います。
このキツネもそうですよね。
人間を『化かす』イメージがあるからでしょうか。
この「そらいろのたね」では、主人公である男児には私利私欲がほぼみられず、その一方で、キツネは業まみれです。
むしろキツネこそが『人間』の象徴なんじゃないですかね。
男児よりもよっぽど人間らしいというか…
たとえば、幼いこどもにおもちゃを与えますよね。
そのこどもは、それで遊んでいるうちにおもちゃに飽きて、他のおもちゃで遊び始めます。
しかし、そのおもちゃを取り上げようとすると、やっぱり泣くんですよね。
自分が所有する物を取り上げられそうになると、どうしても否定的な感情が生じます。
そして、この名残がみられるのが、思春期以降の男女関係においてです。
付き合っている恋人に、心底飽き飽きしているのに、その恋人が去っていこうとすると、追いかけてしまう…という例のアレです。
少し脱線しましたが、この「そらいろのたね」には、人間の欲といいますか、何か“業”のようなものが描かれている気がします。
この絵本を読み聞かせられたこどもさんは、そういった、自己中心的な所有欲を追求し過ぎるとろくなことにならないんだよ、というメッセージを受け取ってくれるかもしれません。
まとめ
「そらいろのたね」をご紹介しました。
万人が持つ“業”という部分に触れる、深いテーマを持った絵本です。
物語の終わり方から、こどもさんは多くの教訓を得ることになりそうです。
ユング心理学の夢分析では、夢に現れる『建物』や『部屋』を、その人の心として解釈する場合があります。
この絵本に出てくる成長するハウス、大きくなったところで締め切られる窓、神や自然の象徴として描かれているのかと思うほど私利私欲がない男児、そして人間よりも人間らしく描かれたキツネ…
この物語は、実は多くのテーマをはらんでいます。
そんなことに思いを馳せながら読み聞かせてみると、おもしろいかもしれませんね。